Yamagata, Japan

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高木歯科医院の歴史

1945年(昭和20年)山形市に高木歯科医院が開業しました。開業以降の主な出来事などを写真を織り込んで紹介しています。

 

■1945年〜
■1956年〜
■1980年〜
■1985年〜
■1990年〜
■2000年〜
■2006年〜■2010年〜


故・高木耀三郎。初代高木歯科医院院長である。

東京・日暮里で開業していたが1945年3月10日の東京大空襲を避けるために山形に疎開。当地の環境、人情に惚れて山形人となった。

田舎歯医者ながら良く勉強した。「呑む・打つ・買う」とは無縁の馬鹿がつくほどまじめで実直な、口数の少ないドクターだった。絵画を趣味にした風流人でもあった。


1945年12月、山形市風間の楯山駅近くに歯科医院を開業

開業当初の写真はなく、耀三郎直筆の絵画で当時の診療室の様子が残されている。

足踏みエンジンが描かれている。

 

昭和21年(1946年)4月の診療録。来院患者は少なく、義歯の修理や抜歯などが主な治療内容だった。

同じく昭和21年当時の治療費記録。当時はまだ医療保険制度がなく、患者さんは全額支払っていた。

抜歯代金15円。ちなみに2007年現在、日本における保険の抜歯治療費は1500円である。

 

1948年ごろ。診療台が新しくなった。中古で購入したらしい。

歯を削るのはベルト式エンジン。歯を削る歯医者も削られる患者さんも汗だくだったようで、扇風機が置いてある(笑)。

日曜と祭日の午後だけ休診で、一週間のうち6.5日診療をおこなっていた。

1950年ごろ。無歯科医村の高瀬地区に巡回診療や、小学生の歯科検診にしばしば出かけた。

子供の虫歯予防には、ことのほか情熱を持って診療に当たった。

口下手、話下手な耀三郎医師であったが、地区の公民館などで口腔衛生に関する講話をしばしばおこなった。

1953年ごろ。診療台が新品になった。診療台が大型化するにつれ、診療所が手狭になってきた。ちなみにこの時のユニットの椅子の部分は、2014年現在でも存在している。もちろん診療には使っていないが・・・。
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