1982年。診療所の新築工事が始まった。村の人たちに建てていただいた古い家屋は、耀三郎院長の強い願いで取り壊すことをせずに、保存した。
完成間近な新診療所
1983年11月。新築された診療所
山村には似合わない、3階建ての住居兼診療所である。
新しい診療室は陽光明るく、いつも活気に満ちて多くの患者さんに愛された。
歯科衛生士によるお口の健康管理を積極的におこなってきた。
小さな子供からお年寄りまで、家族三世代、四世代が受診してくださる地域に根ざしたファミリー歯科医院として地域医療に貢献した。
高木歯科医院の両輪である初代院長の高木耀三郎と名人歯科技工士後藤重吉氏。二人とも温厚な人柄で歯科を愛し、人を愛し、山形を愛した。仕事だけではなく、プライベートでもとても仲良しだった。1984年6月新潟県新発田市に旅行。
新しい診療所も軌道に乗り、大学院で歯学の研究中の息子、高木幸人は歯科医の弘子と結婚。後継者のめども立ち、安堵の日々を送っていた。
そんな矢先の1984年11月、耀三郎は急性心筋梗塞で逝った。享年63歳。
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